「反転する実践」に関連して。
先日観てきた〈シンポジウム 1970年代イタリアとアントニオ・ネグリ『戦略の工場』をめぐって〉。特に上村忠男さんの発言・レジメ「イタリアにおける「反転する実践」の系譜―アントニオ・ネグリ『戦略の工場』読解のための一資料―」に触発されて、考えてみたことなどのメモ。
■1■「シバリ」ある主体性・「先行与件による制約性」。
イタリアにおけるマルクス「フォイエルバッハ・テーゼ」の読解。
ジェンティーレに対比させての、モンドルフォ的な、マルクス「フォイエルバッハ・テーゼ」の読解。「人間の活動における先行与件による制約性」(上村「レジメ」07P)。
田中吉六でいえば「受苦的・情熱的」、シバリのあるものとしての人間の「実践」・「対象的活動」。
■2■「実践の反転」のモンドルフォ的な了解の二つの意味合いの1 ジェンティーレとモンドルフォ。
ひとつは、ジェンティーレ(上村さんレジメから引用すれば「グラムシについてはまずもって彼がジェンティーレからのことのほか深い影響下にあったという事実を確認しておく必要があります」(上村「レジメ」09P)とされるジェンティーレ)的(フィヒテ的、自己創出)解釈(上村「レジメ」04P)に抗するものとして。
「ジェンティーレによってとらえられたマルクスの「現実主義」とは、むしろ思考主体による思考対象の自己創出、あるいはドイツ観念論の伝統のなかにあって例の"Selbstenfremdung"(自己疎外)の概念に近いというか、これのひとつの展開形態としての現実主義であることがわかります」(上村「レジメ」09P)。
(モンドルフォは)「「反転する実践」ととる点ではジェンティーレと見解を同じくしながらも、「反転」構造自体の解釈にかんしては微妙な違いを見せています。モンドルフォは、「反転する実践」という概念には人間の活動における先行与件による制約性ということが含意されていると受けとめます」(上村「レジメ」07P)
ここでの「肝所」は、「観念」か「労働」かとかいうことより、「先行与件による制約性」が組み込まれているかどうか、にあるだろう。
上村「レジメ」からジェンティーレを孫引きしておけば
「原因は結果を前提にしているのであり、それ自体が結果なのだ」(上村「レジメ」04P)。
「認識がなされるときには、対象が構築され、製作されている。そして対象が製作ないし構築されるときには、それは認識されている。したがって、対象は主体の産物である」(上村「レジメ」05P)。
「純粋行為」でも「フィヒテ的意味でにおいての自己生産活動」でも、ジェンティーレのこのあたり、すべて過去の生(ナマ)のものへと還元してしまう・後期マルクスによって批判された「アダム・スミスの「V+Mのドグマ」」と同様の図柄が読み取れ、興味深かった。
たとえば、「制約」抜きの「主体」「主観」の内面の自己表出だとか。「制約」抜きの表現論・外化論なども同様だろう。
モンドルフォの場合には革命的サンディカリズムに対するものとして。
「サンディカリストたちの場合には、創造的な意志が自由に「神話」をつくりあげる。たとえば総罷業の神話がそうである。これにたいして、史的唯物論の場合には、つねに"rovesciamento della prassi"が存在する。先行する活動が、それのもたらす諸結果のなかで、後続する活動の条件および制約に転化する」(上村「レジメ」08P)。
(たとえば白井聡の「アナキズムの二元論にたいしてレーニンの一元論を評価するしかた」にも共通する。サンディカリストたちの「創造的な意志が自由に「神話」」をつくるというのは、相手側の事情と全く別個の、何のシバリも受けない「力」を認めてしまう「アナキズムの二元論」ということだろう)。
■3■「実践の反転」のモンドルフォ的な了解の二つの意味合いの2 「主観主義」
もうひとつ。
「イタリアにおける「反転する実践」の系譜がこのようにして主観主義のラディカリズム産み落としたことに、その系譜の魔力をあらためて思い知らされている」(上村「レジメ」13P)と上村さんが評するもの。
「逆向きの介入がなければ歴史過程は前に進まず、弁証法を実現しない。「実践の反転」とは歴史過程の弁証法への主体の実践によるこういった逆向きの介入を指して言われているのではないかと考えられるのです」(上村「レジメ」13P)。
「市田さんはネグリによる「実践の反転」論を1970年前後に世界各地の新左翼のあいだで猖獗をきわめた「政治的主観主義」のイタリア版というようにとらえておられます。おおむね妥当なとらえ方ではないかとおもいます」(上村「レジメ」13P)。
アントニオ・ネグリ『戦略の工場』の市田良彦「解説」より引用。
「言い換えるとその政治的な意味は、「モノがヒトを決定するのではなく」というところにこそあった。しかし「俗流唯物論」への対抗という歴史的文脈を外してみれば、論理としての「疎外―物象化」論」はヒトによるモノへの能力移譲を説明しているのであるから、移譲の結果「モノがヒトを決定する」事態を排除しないどころか、必然とするはずである。政治哲学としては、「俗流唯物論」と「疎外―物象化論」は排他的でないどころか、結果的に同じなのである」(市田良彦「解説」506―7P)。
「「疎外―物象化論」が政治的に現実的な意味をもちえたとすれば、それはしたがって、哲学的な「疎外―物象化論」ではない思考の兆候であったと考えるべきだろう。政治主観主義は、俗流唯物論とも疎外―物象化論とも異質な論理が”実践状態で”働いていたことの印ではないか」(市田良彦「解説」507P)。
同じく市田良彦『革命論』(平凡社新書)から。
「バディウが存在論に先んじて主体の理論に向かった所以は、彼とアルチュセールを文字どおり「分裂」させた「六八年五月」にかかわっている。アルチュセールにとり、「五月」はプチブルの無政府主義的、自由主義的、ローザ(ルクセンブルク)主義的な叛乱にすぎず、けっして革命ではなかった。プロレタリアートが事実上、合流しなかったからである(ゼネストはあったものの、労働者が街頭叛乱に参加したとは言えず、出来事は「学生の五月」-アルチュセールの論文のタイトルである-に止まった)。バディウにとってはしかし、革命とはそういうものでしかありえなかった。階級的「本質」を無視した大衆叛乱としてはじまったことが「五月」の革命的性格の証であった」(市田良彦『革命論』108P)
アラン・バディウでは「真空と原子のあくまでも客体的な関係が、クリナメンにより、原子と原子の間の主体的関係に「転記」される」(市田『革命論』101P)。
市田が引用するアラン・バディウ的「原子―クリナメン」のはなし。
「ブルジョアジー」「プロレタリアート」「大衆」「叛乱」なりがアラン・バディウ的「原子―クリナメン」のはなしに埋め込まれ、「確認」されていたとしても、それはアルチュセールから否定的な・ちゃらちゃらした・あだ花と評価されていたことども(「五月」)の「正当化言語」以上のものではない。マルクスいうところの「上向」のはなしなのだ。「濃い」言葉は古い常識のまま放置されてしまっている。
アラン・バディウ的「原子―クリナメン」であれ、一般論から直接に、特定の「大義名分」をひっぱってくる(「自己特権化」)ことはできない。
ただし、時と場合(「旬」)によっては、一般論を使用しての「自己正当化」そのものが、現在的な、具体的な効用を発揮するツールとして役立つこともあるだろう。ただそれだけでは、状況の「ズレ」とともに「濃い=(少なくとも身内にとっては)特権的」「言葉」は放置されたまま、まどろんでしまうのだ。
■4■上村さんのいう「魔力」。ではこの脱神話化、悪魔祓いとは。
一九六九年、ロック世代にとっては、ウッドストック(の「外部向けの神話」)から半年ほどのオルタモント(の「悲劇」)。(一面に写真入りで報じていた『ローリング・ストーン』紙を入手したのは、二階への途中の踊り場の脇あたりに大衆音楽本が置かれていたころの(まだそのあたりに番台があったようなころ)イエナ書店だったか、渋谷のヤマハだったか、忘れた)。
ネグリ『戦略の工場』の元本の出たのが一九七〇年代。たとえば同時代の廣松渉と比較してみれば、ネグリはやはり、まだまだ上村さんのいう「魔力」に「ウットリしてた」のではないか。
廣松の「世界の共同主観的存在構造」というのは、「資本主義世界の」でもなければ「階級社会一般の」でもなく、「人間一般にあてはまるもの」としてのにんげんの存在構造だ。事実上、いつでも・どこでも・誰にでも・あてはまる人間存在のチョー一般論として、「労働」なり「対象化」なり「実践」なり「主観」なりの「濃い」言葉の脱色化、脱神話化が進行していたのだ。
「関係の第一次性」の構え、「先立つスッピンのもの」を想定しない発想がデフォルトとなってくるのは七〇年代以降だったとおもうが、廣松も、その「森羅万象」の物象化論の部分が「現代思想」一般と同様に民衆の占入見の変化に合致していた。
廣松流の「血も沸かず・肉も踊りそうにない」脱色された「物象化論」は、だからこそ少なくとも一九七〇年代ころに限っていえば、狭い意味での左翼からはズレた読者層を獲得していたのだ。
「絵に描いたような労働」に比しての大衆社会の中での自分たちの位置。その空隙に悩むよりは、むしろ高度大衆社会での、根を持たないかのような諸行為までも労働とよんでしまえるような、それら諸行為を人類史のなかでまっとうに位置づけられるような労働観が求められていたのだ。つまりこの大衆社会の、都市生活者の、「贅肉」の、「あらゆる社会に通ずるような実体的な根拠を持たない」とされてきた「流通」の、正当化原理としての関係論的な労働価値説の必要性である。宇野弘蔵の方法摸写説になぞらえるならば、価値尺度の「骨髄を抜かれ」ふわふわとした高度大衆社会の現実によって問題設定の土俵が与えられたのだ。古典的な資本主義社会では、労働とは何であるかなどは、あたりまえすぎて俎上に上らなかった。
廣松『資本論の哲学』では開拓者としての学説史的なブレもあり、現代的な浮遊感に則してというより、人間存在の一般論としての四肢的存在構造論に傾きがちだった。七〇年代、『資本論の哲学』での価値形態論議に対しての宇野派からの批判にも示されているように、廣松のやっていたことは、個別、商品というスタイルに特有の価値形態論議(特殊歴史性)というより、商品を扱いながら・人間の一般論としての四肢的存在構造を確認する、という方向に向かっていたこと。
そのことを逆手にとり、むしろ価値形態論議の場における不十分性としてでなく、人間一般の存在構造論の場における画期性として正しく評価してやること。
ただし廣松自身も、一九八〇年代以降には、既存の「濃い」言葉に再び取り憑く方向にいってしまったようにみえる。
(ちなみに市田『革命論』での「宇野弘蔵が『資本論』から読み取った、永久に自動運動するマシーンとしての純粋資本主義、という見立て」(市田良彦『革命論』102P)。宇野景気循環世界のなかでの、新しい景気循環を準備するものとしての周期的恐慌・周期的恐慌を含む景気循環をつうじた「自動運動するマシーンとしての純粋資本主義」、と読み込んでゆけば、さらに論点はひろがるだろう)。
■5■上村さんのいう「魔力」、続き。
魔力の無力化は「主体」の「たんなる相対化」という方向でははたされない。たんなる相対化されたはずの主体が容易に「超越化」してしまうことへの歯止めのなさについては以前から書いてきた。
市田は「たんなる相対化」ということではない。アルチュセール―バディウ(「言うなれば「偶然性唯物論」を主体化論にするのである」市田『革命論』99P)についても。ネグリによる「「実践の逆転」ないし「反転」である」(市田「解説」511P)とするレーニンの読解についても。
「けれども、歴史過程と革命過程の並存が「今」という時間なのだとしたら? いつでも脱臼しうる異時間の接合と軋みが現実的な「時間」なのだとしたら?」(市田良彦「解説」512P)。
ここに第一部門(直接喰えないモノ)を、それとして、第二部門(最終生産物)と同時にとらえた後期マルクスの画期性がでてくる。→マルクスによるスミスの「V+Mのドグマ」批判の地平。=「過去」を「同時に」取り出す、しかも再生産の動態のなかで=「期間」(移行の一般論)(「要綱」では「再生産表式」なし)。
①大前提として、何事も、たんたんとした・何の特権性もない・ただの(いうならば48分の1)人間の諸行為のひとつ以上でも以下でもない、という地平。
一般論としての方向で精緻化。=脱神話化の大前提。=「上向」=自己正当化(自己特権化とはならない)。
「疎外された物象化と疎外されない物象化」とかの類だったら、それでは物象化論ではなくただの疎外論になってしまうが、市田のいう「疎外―物象化主義」についてはどうだろうか。
市田『革命論』で使用されているアラン・バディウでも、「原子―クリナメン」の一般論が、そのままで・特定のへばりついた濃い言葉の常識に依存したままで使われているのではないか。(「原子―クリナメン」を使っての「自己確認」という以上に「自己特権化」。この理由は「濃い言葉」の脱力化・脱神話化が不十分だから=あらゆる諸行為にまで拡張していないから「うっとり思い入れ」る余地がうまれる。「疎外―物象化主義」を超えてない。
「労働」・「実践」・「変革」などの濃い言葉の「人間一般論」への脱力化・特権性の剥奪→ここをはずすと市田いうところの「疎外―物象化主義」の枠内に収まってしまう(「魔力」に対抗できない)。
マルクスの労働の二重性、普遍性と具体性の二面ということ(宇野なら超歴史(原則性)と特殊歴史(法則性)との2面、吉本なら自己表出と指示表出との2面性)。これらを実態的に分けるのではなく、全てについて二重性で考えること。
②その上で、その他のもろもろの諸行為と比べて何の先見的な特権がないとしたうえで、惹きつける「力」とは?
人間の一般論だけでは、一般的な正当化言語としての以上にはならない=「上向」=自己正当化の効能。
自己正当化用のツールが、そのままで自己特権化のツールとならないためには、「旬」という位相の導入が必要。「旬」という位相の導入によって、「偶然性のなかの特権性」(=思い込みのひとつとしての「諸王の王」)がでてくる。特定の諸行為・主体への濃淡をつけてやるためには(特定の事態・形態という場に限定されての濃淡)具体的な世界、「旬」を導入しなければならない。
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