「再生産」関連の投稿(8)
「固定資本部分の生産」と「最終生産物」。「おまけ」付き。
「再生産」関連の投稿から、回数未定。2005年、高望みさんの「経済学・哲学掲示板」板へ投稿したもの。
投稿日:2005年 2月 8日(火)07時15分30秒
「固定資本部分の生産」 投稿者:ストリングこんにちは。
Jimmyさんの
>>
生産過程で生産的に消費された分だけ個々の生産物に死んだ労働時間が移転していくのだが、これはそれに対応して生産手段生産部門で、その固定資本部分の生産が進行し、新たな労働時間が支出されている事態が平行しているのだ、と教えられたわけです。さらにこれの下敷きとなっているのが、流動資本部分についてのC2が当期に生きた労働によって形成されたV1+M1によって期末に補填される関係なのだと。
>>「固定資本f・流動資本z」系の分類法と「不変資本C(今回補填分の固定資本+(流動資本-労賃))・可変資本V(労賃)」系の分類法の違いの問題はおいて、大雑把に、上の引用の「固定資本・流動資本」を「不変資本・可変資本」におきかえてもかまわないなら、上の事態をあらわし、「その固定資本部分の生産」の「進行」を簡単に式で示したのが、C1+V1+M1のC1だとおもうのですが(実際には部門内交換されるが、抽象されたから自己補填にみえる)。
「その固定資本部分の生産が進行」するのと「個々の生産物に死んだ労働時間が移転」するのとは、別のことなのか? 同じ事態ではないのですか?
モノとしては、C1(生産手段)+V1(労働力)を使ってC1+V1+M1相当分の生産物ができる。
価値としては、新年度生産物価値(「年々の生産物価値」)のうちの一部(V1+M1相当分=「価値生産物」)は「労働日」中に対象化され、一部(C1相当分)は、消費され・無価値化した旧価値相当分が「移転」、乗り移る(これはマルクスでは「労働日」中の生きた労働の「具体的・有用的労働」の側面から説明される。生きた労働によって移転、保存された時点で今年の(「年々の生産物価値」)の一部となる)。いずれにせよ旧年度の価値物C+V+M(「年々の生産物価値」)のうち、
M部分は資本家その他によって消費され、旧価値を喪失。
V部分は労働力商品と交換され、労働力を生産過程に引き入れたうえで、労働者によって消費され旧価値を喪失。
残ったのは生産的消費されるC部分と労働力。
労働力は生産過程で行使・消費され、旧価値を喪失するが、新生産物に新しくV+M分の価値(「価値生産物」)を付加する(マルクスのいう生きた労働の対象化。マルクスではこれは労働力の生産過程での行使(=生きた労働)の「労働時間」から説明)。
C部分は旧価値としては価値を喪失するが、C分の新価値として新生産物に付加される(マルクスのいう旧価値からの移転。マルクスではこれは労働力の生産過程での行使(=生きた労働)の「具体的・有用的労働」の側面から説明)。
新年度の価値物は、計(C+V+M)相当分の価値をもつ(「年々の生産物価値」)。ということだとおもいますが。
それでは。
次はおまけ。
投稿日:2005年 2月 8日(火)11時29分24秒
おまけ 投稿者:ストリングこんにちは。
お仕事まえに、おまけに一言。
2ちゃんねる(お気に入りは「お下品」板です)の宇野板、たまにのぞいてますが、どんな話題でもいいタイミングで「そんなことより青木孝平」と「孝平オチ」がつくので、つい、笑っちゃいます。
局地的市場圏間をつなぐ冒険「商人資本形式」のようなJimmyさんの立ち位置(永谷清ふう解釈なら「世界貨幣」にあたるか)。ポジショニングうまいな、とおもいました。それでは。
もうひとつ。
投稿日:2005年 2月10日(木)09時07分16秒
「最終生産物」 投稿者:ストリングこんにちは。
パンと小麦でも、鉄鋼でもいいとおもうんですが、ある観察期間内で「パン」になっちゃった「小麦」は、それ自身は価値物とカウントされない。これはそうですよね。しかし「小麦」のまま、「鉄鋼」のまま次期を待つ生産手段は、それ自身価値物として「最終生産物」ですよね、同じ期間内に再び生産過程に投ぜられるわけではないのだから。
第1部門に区分された機械や原料は、次期以降、「パン」にとっての「中間生産物」としてその期間内に再び生産過程に投ぜられるとはいえ、現時点では価値をもつ資材として「最終生産物」だろう。
逆に、現在、第2部門にはC2+V2+M2分の「パン」だけがあり、C2相当の消費手段生産手段はない。現在の「パン」に化けてしまったから。このC2分の「パン」と、同量の価値をもつV1+M1分の消費財生産手段とが交換される。「パン」は全部消費され無価値となり、第2部門でいえばC2相当の生産手段が(次期の「パン」にとっての「中間生産物」として)V2分の労働力とともに残る。
労働・生産過程の結果新しく生産物(消費手段)ができる。
しかし出てきた新生産物の一部としてのC2(消費手段)と、この生産過程で使われた生産手段としてのC2とが同時にカウント、加算されているわけではない。使われた生産手段から新しい生産物への、それこそ価値「移転」なわけです。
これは二重カウントにはならないですよね。マルクスは、一期間内のある時点で存在する「パン」も、「パン」にならなかった「小麦」も「鉄鋼」も、全部ひっくるめた巨大な商品群の生産部門を、大きく生産手段生産部門と消費手段生産部門にふりわけた(この時点で「パン」になってしまった「小麦」などは当然カウントされていない。「年々の生産物価値」の計算で除外されるべき「中間生産物」は、はじめからカウントされていない)。
つまり、第1部門にはその時点で消費手段ではない、価値量としてはC1+V1+M1に相当するすべての商品が集積される(もちろん機械になってしまった鉄鋼などは、もはやそのものとしては商品でないからカウントされない)。
第2部門にはその時点で消費手段である、価値量としてはC2+V2+M2に相当するすべての商品が集積される(もちろん「パン」になってしまった「小麦」などは、もはやそのものとしては商品でないからカウントされない)。たとえば、第2部門にモノとしては200キロ・価値としては2万円の消費手段がある、というところから表式をはじめれば、少しはとおりがよくなりませんか。少なくともマルクスなりの理屈はとおっているとおもいますが。
で、このままでは新しい生産過程ははじまらないからC2とV1+M1が交換される。
つまり、このうち、モノとしては100キロ・価値としては1万円分の消費手段を、第1部門で生産された1万円分の生産手段と交換する。
残りのうち、モノとしては50キロ・価値としては5千円分の消費手段は資本家その他によって消費、生産過程外へ。
最後に残った、モノとしては50キロ・価値としては5千円分の消費手段は、労働力商品と交換した労働者によって消費、生産過程外へ。
生産過程には、1万円分の消費手段生産手段と5千円分の労働力が残る。
除外さるべき部分はきちんと除外されていませんか。増えもせず減りもしない単純再生産。二重計算はないとおもうのですが。
毎日一本、21:00に発車する上り長距離列車「シベリア超特急5号」は30時間かけて終着駅に到着する。今日の23:00に、「シベ超5号」はどこにいるか。じつは同一レール上に「シベ超5号」が二台走っているのをアリバイ・トリックにした推理小説をおもいだしました。
それでは。
続けて、補足。
投稿日:2005年 2月10日(木)11時12分35秒
補足 投稿者:ストリングごめんなさい。
寝起きの下記投稿への補足です。>>
しかし出てきた新生産物の一部としてのC2(消費手段)と、この生産過程で使われた生産手段としてのC2とが同時にカウント、加算されているわけではない。使われた生産手段から新しい生産物への、それこそ価値「移転」なわけです。
これは二重カウントにはならないですよね。
>>同時にカウントされるのは、新しい生産物としてのC2(消費手段)と、同じく新しい生産物としてのV1+M1(時期の第2部門にとっての中間生産物となるが、現観察期間内では最終生産物である生産手段)とですよね。これも二重カウントにはならないでしょう。
マルクスの表式を(第2部門でいえば)C2分の生産手段とV分の消費手段(それにM2分)があるところからはじめるのでなく、C2+V2+M2分の「消費手段」がある、というところからはじめれば、少なくともマルクスなりの理屈はとおっているとおもいますが。
それでは。
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